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広島高等裁判所岡山支部 昭和30年(う)190号 判決

控訴人 被告人 朴徳讚

弁護人 生末耕一

検察官 志熊三郎

主文

原判決を破棄する。

本件を原裁判所に差戻す。

理由

弁護人生末耕一の本件控訴の趣意は同人提出の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、之を此処に引用する。

論旨事実誤認の主張について

所論の要旨は原判決は、第一事実に於ては米麹約一升五合、白米約二升及び水約八升を原料として濁酒約一斗八升を製造し、第二事実に於ては米麹約二升、白米約二升及び水約八升を原料として濁酒約二斗を製造した、と判示してをるけれども、本件濁酒の検挙は製造二、三日後であつたことから、特別の操作のない以上は時期の関係もあり、いまだ発酵不完全の際で原料の溶解も不完成のものと推定せられる。

従つて原料の膨脹率を見込んでも、原判決に挙げた原料だけでは原判決に記載してあるような量の濁酒は製造することが出来ないというのである。

そこで此の点について検討すると、原審が所論の如き原料で所論の如き量の濁酒を製造したと判示してをることは原判決書に明かである。

然して原判示の如く米、米麹及び水を原料として濁酒を製造する場合に於ては、之等の原料を仕込んで発酵させた後、之をこさないままのものであることは酒税法第三条第五号のイに規定するところである。

此の場合はたして原判示の如く仕込んだ原料の総量以上の濁酒を製造することが出来るであらうか。右原料の内増量について考えられるものは白米である。本件に於て白米は飯米として使用したというのであるから、(被告人の検察官調書、告発書參照)白米が煮米となつて膨脹するため出来上つて濁酒の量は白米のままの時の原料の総量より幾分増加するであらうことは経験則に照らして明かである。もつとも発酵の途上発酵による熱のため煮米や米麹が若干膨脹し、原料として仕込んだ煮米、米麹、水の総量を超える容積を示すに至るであらうことは容易に想像し得るところであるけれども、発酵が終つて冷却した後に於ても尚且右の膨脹による増量を維持する、いいかえれば、実質的にその量が増加するものとは特別の事情がない限り経験則上に照らし考え及ばないところである。

況んや、如何に白米を飯米として使用したとしても、原判示の如く各原料の総量の一・六倍乃至一・七倍にも及ぶ量の濁酒を製造し得るものとは、これ又経験則上あり得ないものと思料せられる。

もつとも原審が原判示の事実を認定するの証拠に供した証人正富豊の供述中には同人の経験上濁酒は仕込んだ原料の一・七倍以上に製造することが出来るかの如き趣旨に解せられる部分があるが、然し同人の供述全体の趣旨をよく吟味すると、同人が被告人方に於て本件の捜査に当つた際、被告人が密造していた濁酒の量は原審証人宇治博と量つたところ、いずれも原判示の如くであつた。仕込んだ原料は被告人が原判示のとおり述べたので之によつたのであるが、同証人は仕込んだ原料の量目に対し、製造した濁酒の量が一・七倍から一・八倍になるので、仕込みの数量が違うのではないかと再三尋ねたが、被告人が仕込んだ数量に間違いはないといいましたので、被告人の云つたとおりを書類に書いた旨の供述をしてをるところから察すると、同証人は被告人の云つた仕込みの原料の総量に比して現につくり上げられている濁酒の量が多すぎるので、不審に思つて被告人に仕込みの原料の数量が違つているのではないかと再三尋ねたとの趣旨をあらわしたものであつて、被告人が仕込みをした原料の約一・七倍乃至一・八倍の濁酒が出来ると断定したものとは解せられない。同証人の供述中にこれだけの仕込みの数量ならば、もう少し沢山の濁酒が出来る筈だがとあること及び前記の仕込んだ原料の量目の一・七倍以上の濁酒が出来る根拠は私等の経験上そうなるとあることは前後の関係上何かの誤解と解せられる。仮りに然らずとすれば此の供述は経験則に反する供述であつて証拠価値はないものということが出来る。

すると原判決は審理を尽さずして経験則に反して事実を誤認したか又は証拠の価値判断を誤つて事実を誤認したかの違法を犯したものであつて、此の結果は判決に影響を及ぼすことが明かであるからその余の論旨に対する判断を加えない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則つて原判決を破棄し、同法第四百条本文の規定に従つて本件を原裁判所に差戻すべきものとする。

仍て主文のとおり判決する。

(裁判長判事 宮本誉志男 判事 浅野猛人 判事 菅納新太郎)

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